感想

「エクソシスト」 – 神の存在の証明

あらすじ

女優のクリスはワシントンD.C.のジョージタウンに滞在しながら映画を撮影中で、12歳の娘、リーガンも一緒です。やがて滞在が長引くにつれ、娘の精神状態が徐々におかしくなってゆきます。病院で徹底的に診察を受けますが、肉体的な異常は見つかりません。リーガンの言動はさらにエスカレートし、大人たちに緑色の汚物を吐き出し、十字架を使った自慰行為まで行います。悩み疲れたクリスに医者たちが勧めたのが、カトリックの神父による悪魔祓いの儀式でした。同じジョージタウンに住み、医師免許も持つカラス神父が彼女の相談を受けます。貧民街に一人住まわせていた母親に死なれたばかりで、神父でありながら自らの信仰に疑問を覚えていたカラスは、リーガンに直接会ってみて、彼女に悪魔が取り憑いていることを確信します。それは「悪魔がいるのなら神は存在する」ということであり、カラスが再び信仰に目覚めるきっかけとなりました。経験豊富なメリン神父とともに悪魔祓いに望んだカラスですが、儀式の途中でメリンは死亡。リーガンに激しく詰め寄り、自分の体に悪魔を乗り移らせたカラスは自ら命を絶ちます。元気になったリーガンは母親とともにジョージタウンを去ってゆきます。

 感想・面白かった点

1974年に製作され、ホラーの一大ブームを巻き起こした傑作です。
ホラー映画として大ヒットしましたが、原作者のウィリアム・ピーター・ブラッティは熱心なカトリックの信者であり、悪魔憑きという現象に恐怖よりもキリスト教の信仰につながるものを見出しています。
医師免許を取りながら、神父であるがゆえに貧しいまま母親を死なせ、神の存在に疑問を覚えていたカラス。その彼が、リーガンによって悪魔憑きという現象が実在すると知り、再び信仰を取り戻す場面は、監督のフリードキンによると、「全編のクライマックス」であり、のちの悪魔祓いの儀式は、カラスが自己犠牲を払う神への献身の場所でもあります。
のちの模倣作とこの映画が全く異なるのは、そういう信仰心こそが作品のモチーフであり、悪魔というものが神を証明するものとして存在を認められていることです。ホラーというよりも信仰者の魂のドラマとして見るのが正しく、この映画がアカデミー賞の作品賞にノミネートされたのも、その高いドラマ性を認められたからでしょう。
ブラッティは、映画の最後を、カラスの仲間の神父と捜査に当たった刑事との明るい会話で終わらせたかったと言いますが、フリードキンの反対にあってかなえられませんでした。しかし、作品のテーマからすると、ブラッティの意図通りにするのが正解だったと思えます。